韓国留学日記 番外編A

2004年12月16日(木)@ 回想。



慶州駅前の観光案内で情報を集めた後、
市内バスに乗り、仏国寺(불국사)に向かった。
今日は疲れもあることから、「仏国寺」と「石窟庵」だけ見ることにした。

30分程バスに乗り、無事、仏国寺に到着。
4000won(約400円)という韓国ではありえない高額な
入場料だった。
中は意外と空いていて、ゆっくりと見学できた。





少しずつ懐かしい記憶がよみがえってきた。
高校の修学旅行の思い出である。
そういえば、クラスの仲間や先生と一緒にここで写真撮ったな〜

あれから実に10年が経ったのだ。

あの当時は、どうして韓国なんかに行くのか?

こんな疑問を感じていたのも事実だった。

慶熙大学付属高校との交流会があり、
仲良くなった友達からCDを送ってもらったことがあった。
もちろん当時の俺に歌詞を理解できるはずがなく、
ただ心地良いメロディーに感動していた。

あの時、韓国語を勉強してみようかな?と一瞬考えたが、
目標にしていた大学が俺にとってかなり難しいレベルであったため、
韓国語の勉強を始めることはなかった。

あの旅行中、
韓国のしかもこんな田舎に来ることは、もうないんだろうなと思い、
とにかく写真を撮りまくっていたことだけはよく覚えている。

そして、もうひとつ確かな事は、当時の俺が、

韓国に留学するとは思ってもいなかったことだ。

また、10年後に、こんな田舎に一人で来る事も当然予想できなかった。
これだから人生は面白い!と思わず笑ってしまった。

当時(高2)は勉強で忙しく、本当につらかった。
1日に4時間寝られればいいほうで、
平均2〜3時間の睡眠時間で良くがんばったものだ。
まさに精神力だけで勝負していた気がした。

あの修学旅行の数ヵ月後、極度のストレスから胃・十二指腸潰瘍になった。
その後、増悪して、ショック状態にまで陥ったわけだが、
そんな思い出したくもない記憶までも同時によみがえってきた。

TAKEという良き「戦友」と共に勉強に明け暮れた日々。
全てが懐かしい。

そうだ!今度、あの先生に手紙でも書いてみよう。
俺が韓国に留学していると知ったら、きっと驚くんだろうな。

高校時代を思い出しながら、しばらくボーっとしていた。

そして、10年前にもらったCDを聴いてみることにした。

周囲を強く冷たい風が吹き抜ける中、

俺の頭の中は当時の懐かしい記憶で満ち溢れていた。





2004年12月16日(木)A 世界遺産。




仏国寺を見学した後、バス停まで移動しなければならなかった。
仏国寺入口からバス停まで坂を下る必要があった。

「るるぶ」を片手に、坂を下っていた時、事件は起きた。

坂には韓国なら当然なのだが、露店が並んでいる。
そこで働いているババアが大勢いるのだが、
そのうちの一人が俺に対して、信じられない言葉を言い放ったのだ。
しかも笑顔でだ、、、(-_-;;

ババア「シ〜バル!(笑)」

NOC「ん?(‥ ) 」

ババア「シ〜バル!(笑)」


ちなみに、シーバル(씨발)とは韓国で最上級の悪口である。
こいつ、、、(-_-;;

俺が「るるぶ」持ってるから、ナメられてんのか?
俺をそこらにいる観光客と同じにすんなよ〜

以下俺の言葉(韓)。

おいっ!てめー、今なんて言った?


誰がシーバルだ?てめーがシーバルだろ!

死にてーのか?この犬野郎!

(中略)

延々、言い続けた結果、ついにババアが切れた。
ああ、これが逆ギレっていうのか!と思った。(^_^;

ただし、俺の性格上、逆ギレは許さない。

ババアに近づいていくと、奴は背中を向けて、
転がるように逃げていった。

って、なんなんだ?

このレベルの低さは?
(ーー;)


韓国語が分からない日本人だったら、笑顔で話しかけられた時は、
恐らく笑顔で返すに違いない。
俺の知る日本人はみんなそうだ。

笑顔であれば、悪口を言っても、
そのまま笑ってくれる日本人を心の中で馬鹿にしているのだろう。

最近、韓国では高層ビルも建ち並び、
物質的には先進国に追いついてきているが、
そういう人間の精神的なレベルがまだまだ未熟なのだ。


初めて、韓国語で面と向かって悪口を言えた俺は、

やたらスッキリしていた。(*'-'*)


そのままバスに乗り、
石窟庵(석굴암)へ向かった。
バスで山道を延々と上がっていった。
この距離は徒歩では帰ってこられないと確信した。

バスを降りる際に、帰りの時間を確認したところ、
どうやら1時間後のバスに乗ってくれとのこと。

石窟庵の入場券はまたも4000won(約400円)だった。
高い、、、--;;

入口と思われる門をくぐり、細い山道を歩いた。
歩き続けたが、いっこうに「それらしき物」が見えないのだ。
昨日は散々バスを待ったため、帰りの時間が気になった。

5分程急いで歩くと、ようやく前方に見えてきた。
それにしても、こんな山奥によく建てたな〜と感心した。
まあ、半分は呆れていたが、、、--;;;




あの中に「
石窟庵」があるのか、、、




内部はこんな感じのようです。


そして、ついに中へ!



石窟庵。
今日、2つ目の世界遺産である。

俺はなぜか感動した。
とにかく、この
石窟庵に圧倒されたのだ。
すばらしい、、、
見るものを魅了するその姿は口では言い表せないものを感じた。

日本人観光客が多く、ガイドが流暢な日本語で説明していたため、
しっかりと聞かせてもらった。( ̄^ ̄)

外へ出たが、まだ出発まで30分以上も時間が残っていた。

よく考えると、仏国寺でさえ10年間見ることが出来なかったのだ。
この先、俺は一体何年後に
石窟庵を見られるのか?
いや、もしかしたら、もうここには来られないんじゃないか?

いろいろ考えているうちに、自然と
足が石窟庵へ向かった。
とにかく黙って見続けることにした。


時間が来たので、バス停のある駐車場へ。
駐車場は展望台にもなっており、その眺めもすばらしかった。
絶景です!




逆光のため、上手く写せなかったんですが、
とにかく、遠くに見えるクモ山(금오산)の眺めは最高でした。
あの霞具合がいいんですよね〜^^


バスを乗り継いで、市内へ。
一度、モーテルに荷物を取りに戻った。
さすがに荷物を全部持ったまま、観光はできなかった。
そのため、盗られてもよさそうなものは全部置かせてもらったのだ。

腹も減ったので、屋台で済ますことにした。
慶州は「チンパン」(찐방)という「あんまん」そっくりなものが
有名らしく、必ず食べるように!と友達から指令が出ていた。

味は、
微妙だった。(T_T)

口直しに、あのトーストを食べることにした。
2日間で3回も行ったため、かなりサービスをしてくれた。
横にいるクソガキがジロジロと俺を見てくる。
こんな田舎で、韓国語を話す日本人が珍しいのだろうか?
いや、観光地とはいえ、日本人自体が珍しそうな雰囲気だった。

とにかく、ここのトーストは最高だった。
また慶州に来た時は、必ず食べに来ようと思う。

おばちゃん!いろいろありがとう!
また来るね〜!


平和な慶州観光を堪能した俺は次の目的地へと急いだ。
すでに日も落ち、辺りは暗くなっていたが、全く気にならなかった。

3年前、とある女性と、運命的な出会いがあったのだが、


今日これから彼女に会いに行くからだ。






2004年12月16日(木)B 人のやさしさ。



3年前。
俺はまだ大学生であった。
最終学年ということで、毎週、試験に追われる生活だった。
そして、卒業するためには、「卒業試験」をパスする必要があった。

この卒業試験が実にやっかいなものだった。
国家試験の合格率を上げるために、わざと高度な内容になっていた。
もちろん、3日間という日程まで同じであった。

丸1年、試験の連続で、俺は精神的に疲れていた。

そのため、卒業試験前は、

「受かったら、韓国旅行をしよう!」

こんな感じで自分のモチベーションを維持していた。

なぜ、韓国なのかというと、
ネットを通じて、韓国人の友達が少しずつできていたため、
韓国への興味が高くなっていた時期だったのだ。

忙しい中、少しずつ韓国語も勉強していた。
1日で1単語程度である。
もちろん、それすら覚えられなかった日もあったのだが、、、

日本に留学中の韓国人とは何度も会ったが、
まだ、顔も知らない韓国にいる友達と会おうと思ったのだ。

努力が報われたのか、俺は無事に卒業が決まった。

国家試験を前に、周りの人間が呆れる中、
俺はひとりで韓国へ向かった。

1年間、これを目標にしていたため、
韓国へ行かずに、国家試験の勉強などできなかったのだ。

そして、忘れることのできない第2回韓国旅行。
いろいろな韓国人に案内してもらった。
3人の韓国人と会ったのだが、釜山であった「ジヘー」だけは、
日本語を全く話せなかった。

もちろん、俺も旅行会話程度。--;;
しかも、韓国語のイチ、ニ、サン、、、、すら、まだ知らなかった。

one、two、three、、、を知らないで、アメリカに行くようなものだ。
今から考えると、よく無事に戻ってきたと思う。--;;

正直、俺のホテルまで来てくれるのかさえ不安だったが、
ちゃんと迎えに来てくれて、一緒に釜山観光をすることができた。
言葉は英語と下手な韓国語だったが、
なぜか意思の疎通には不自由しなかった。^^

そして、忙しい中、2日間も無償で付き合ってくれたことに、
俺は驚きと感謝の気持ちでいっぱいだった。

釜山観光中には、彼女にいろいろと親切にしてもらっていたし、
観光自体も非常に質素であったが、本当に楽しかったのだ。

その後、ソウルへ移動し、別の韓国人と会ったのだが、
釜山同様に楽しい時間を過ごすことができた。

あの時、俺は「人のやさしさ」というものを、
初対面の韓国人から学んだ気がした。


そして、韓国という国への関心がますます高くなっていった。

それから3年という月日が流れ、俺は今韓国にいる。
人生とは不思議なものだ。



慶州で10年前のことを思い出す内に、
急に釜山にいるジヘーと会いたくなってきた。

留学前に彼女が日本に遊びに来た時も、
約2週間ほど一緒に日本国内を旅行したし、
俺が韓国に来てからも、時々会っていたのだ。

慶州から携帯メールを送ると、今日は時間があるとのこと。
しかも慶州と釜山はバスで1時間程度らしい。
そのため、今日は釜山で泊まることにした。^^


バスに揺られること約1時間。
釜山のノポドン(노포동)にある市外バスターミナルに到着した。
地下鉄1号線の駅と直結していた。
市内中心部までやや時間はかかったが、
ジヘーと西面(서면、ソミョン)で会うことにしていた。

この
西面は釜山で1、2を争う繁華街で、飲食店も豊富なのだ。
ほんのさっきまでは、あんな古都の雰囲気に浸っていたのに、
こんな繁華街にいる自分がなんか不思議な感じがした。

そして、ロッテ百貨店の前で久しぶりの再会を果たした。
その瞬間、俺はなぜか涙ぐんだ。

旅はまだ3日目だが、それ以上に長く感じていたし、
なにより「友達」と会えたことが妙に嬉しかったのだ。

少し早いクリスマス プレゼントを渡して、一緒に食事をした。
とにかく旅行中にあったことを話まくった。

彼女は俺が韓国語の勉強を始めた頃から知り合いであるため、
俺にとって、韓国語の成長を見届けてくれる存在なのだ。

疲れはピークにきているが、会話が尽きることはなかった。^^


2時間ほど話をして、別れた。
次に会う日には、もっとうまくなった韓国語で話をしようと思う。
また会おうね!

今日は釜山駅の近くにあるホテルに泊まることにした。
釜山に泊まる時にいつも利用するホテルだ。
ホテルとはいっても、安く小汚いところなのだが、、、


部屋に入り、今日一日を振り返ると、
とにかく、いろいろな思い出に触れることができた一日だった。


今回の旅は、韓国に関する俺の歴史(というのだろうか?)
そんなものを振り返る旅になっている。

そういえば、3年前の旅行で知り合った韓国人が、
俺の留学保証人になってくれたんだった、、、
彼女も今は中国に出張で行っていて、今回の旅では会えないが、
せめて声くらいは聞いてみたくなった。

国際電話をかけると、

「突然、どうしたの?」と非常に驚かれた。

俺が何か問題を起こしたと思ったようだ。^^;;

疲れがピークの中、どれくらい電話をしたかは覚えてないが、
楽しい良き思い出に触れながら、眠りについた。






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