留学後記B



2005年7月28日(木) 帰国@。 



帰国の日。
俺はなんともいえない気持ちのまま、1年間世話になった部屋を出た。
下宿にしてはかなり良い部屋だったと思う。
基本的に下宿を去る時は1ヶ月前には言わないといけないようだが、
俺の場合、あえて大家には内緒にしていた。

というのも、韓国では、
引き払う予定のある部屋を
見学者に勝手に見せてしまうのだ。

見せるだけならまだ良いほうで、ひどい所になると、
見学者に鍵を渡して、「OOO号室見て来な!」と言う大家もいる。
住人が外出している時にだ。
韓国では日本人の感覚では信じがたい事がまだまだ平然と行われている。
そういうわけで、大家には帰国の日を内緒にしていた。

トランクを引いて外に出ると、かなり雨が降っていた。
シャレになんない程の雨だった。 (-_-;)

それでも、今日で帰国だと思うと、雨さえも受け入れようと思った。

基本的に涙もろい俺は1人で帰国しようと決めていた。
「いつ帰国なの?」と最近仲良くなった中国人達からしつこく聞かれたが、
「来週だよ。」くらいに曖昧に答えるようにしていた。

語学堂で俺の帰国の日を知っているのは「taka」1人だけだ。
それも帰国前日に酒を飲みながら、俺が口を滑らせたためだ。

ただ、最後の食事は最近仲良くなった友達と食べることにしていた。
彼女とは短い間しか会えなかったけど、非常に気が合ったのだ。
最後は豪華に洋食を食べることにした。
最近新しくできた「Ruby Tuesday」。
アメリカ人に聞くと、アメリカでかなりメジャーなファミレスのようだ。
語学堂ではこういう国際的な生の情報を得られるところがすごい。(^_^;



Ruby Tuesday(1号店)



店の前にはリムジンが停まっている。
抽選で当たると、市庁の方まで乗せてくれるようだ。

以前に 「俺のハスク(下宿)まで乗せてくれ!」と言ってみたが、
余裕で却下されたことがあった。 (-_-;)
めげずに「近いから!」と言ってもダメだった。_| ̄|○

さすがに韓国料理も飽きていたため、
最後くらいは洋食も良いかなと思ったのだ。

ここや「Out Back」等で注文する時、かなり戸惑うことが多い。
「セットの場合、ここから何品選ぶ」とかのルールがあるし、
店員が話す英単語の聞き取りは困難を極めるからだ。

韓国に来たばかりの頃はいろいろ苦労したな〜

そんなことを考えながら最後の食事を頼んだ。




俺と非常に気が合ったミンジョン(민정)。
田舎出身で素朴な子だった。 (*^^*)
某大看護学科。

この日、彼女と何を話したか全く覚えていないが、
最後まで話題が尽きることはなかった。





2005年7月28日(木) 帰国A。



外に出ると相変わらず激しい雨が降っていた。
空港行きのバスに乗る前に携帯ショップに向かった。
解約手続きだ。

何度も足を運んだ店内に入ったところで、

ああ。ここに来るのも今日で最後なんだな、、、

こんな感じで妙にしんみりしてしまった。(^_^;

解約しようと思ったのだが、どうやら諦めなければならなかった。

店員は、解約には外国人登録証が必要だと言っている。

が、俺は持っていない。 (-_-;)

5月の一時帰国の時に仁川空港で没収されたからだ。

それを伝えても、「登録証がないと解約できない」の一点張り。(=_=;)

まるで、その言葉しか知らない機械のようだ。
(-_-;

面倒なので、精算せずに帰ることにした。( ̄^ ̄)

解約させれば収入になるものを、、、

結構、SK Telecomって頭弱いかも、、、( ̄_ ̄|||)

更に、俺が帰ろうとすると、

「解約しないで帰国するの?」と。~ヽ( ̄Д ̄*)

さすがに温厚で有名な俺も、

「어쩔수 없지 뭐」と言わざるを得なかった。 (-_-;)
「어쩔수 없다」は「仕方がない」

「뭐」は「もう!」とか「ったく!」という感じのニュアンスで、
この「
」を適所で使えるようになれば韓国語に自信を持っていいと思う。

俺自身、「あれ、俺
뭐とか言っちゃってるよ
」と思わず笑ってしまった。

ミンジョンとはここでお別れ。

見送られるのはどうも苦手だ。
後は思い出に浸りながら一人で帰りたい。

現代百貨店前のバス停でリムジンバスに乗り込む。
何度も空港に足を運んだためか、道も全て覚えてしまった。
楽しい事もつらい事もたくさんあった留学生活。
日本にいては決して体験することができなかったことだけは間違いない。
いろいろな人との出会いと別れ。
全てが俺の中に思い出としてつまっている。
これからの人生でつらい時、
きっと仲間と過ごした日々を思い出すことだろう。
彼等からもらった勇気。
一生の宝物だ。


外を見た。
雨のためか涙のためか視界は曇っていた。

先に帰ったみんなはここをどんな気持ちで通ったのかな?と、
とにかくいろいろな事を考えていた。


そして、俺の留学生活もようやく幕を閉じようとしていた。