韓国留学日記


2005年6月11日(土) 仲間の帰国A    



試験も終わり、また別れの季節がやってきた。
ひとり、またひとりと仲間が帰国していく。

今日は、しゅんじの帰国だ。

ちょっとだけ、このしゅんじを紹介してみようかと思う。

簡単に思いつく事は、我が語学堂で

一番金持ちだということ。しかも圧倒的、、、(-_-;)

そして、酒強い。(=_=;)
1回の飲み会で、焼酎(瓶)を何度もイッキできる奴はそうはいない。
俺もいつ被害を受けるのかとビビってました。(^_^;

また、テコンドーに関しては、

国の代表にも選ばれた程の実力者なのだ。


しかし、このしゅんじ。

初対面の人には非常に愛想が悪い。--;;

最初に会った時の印象は今でもよく覚えている。

「こんな奴と仲良くなれるはずがない!」

こんな感じでした。

その後、話を交わしていくうちに、
意外にも、このしゅんじとは馬が合った。

気が付くと、延世語学堂では韓国嫌いの代表格となっており、

俺とその座を競うまでになっていた。

いつ韓国人を蹴り殺すのかとハラハラする時もあったが、
共に楽しく留学生活を送れたのではないかと思う。

留学仲間というものは不思議なもので、
酒を飲まなくても、お互いに、言いたい放題好きなことを言えるのだ。
そのため、お互いの距離が縮まるのに、さほど時間はかからない。

韓国だけではなく、日本でも会いたい人はたくさんできた。

恐らく韓国に来なかったら出会えなかった仲間

先に日本に行かれて寂しいが、いつか必ず会えるため、

別れの言葉は、「またね!」

決して、「さようなら」ではない。


しゅんじ!これからも自由に生きろ!





この留学で、だいぶまるくなったしゅんじ。(^_^;




2005年6月12日(日) 語学堂@



日本で韓国語を勉強していたが、実力は思うように伸びなかった。
家に帰る時間もあまりない職場であったが、
そんな状況でも1日1単語を覚えようと努力したものだった。

もちろん、そう心掛けても、出来ない日のほうが多かったのだが、、、
それでも、運良く週末の午後、休みが取れれば、新大久保に通った。
韓国料理を食べ、韓国語を勉強するためだ。

偶然出会った留学経験者のひろしさんに習いまくった。

このひろしさんも延世大語学堂に通っていたため、
その実力に魅了されていた俺は、忠告通り延世に決めた。

語学堂を決める時、一体どんな事を考えるべきなのか。

雰囲気?
日本人の割合?
授業料?
etc.....

雰囲気なんて、そのクラスごとに違うわけだし、
事前の情報なんてほとんど役に立たない気がする。

また、日本人の割合を気にしてどうするんだ?と常に思っている。
授業の内容が一瞬でも分からない時、
隣にいる日本人に聞けば、即解決ではないか。

勉強だけでなく、トラブルの多い韓国生活には
母国語で助け合える仲間は不可欠なのだ。


ネットでいろいろ語学堂の情報とかを見たり、
実際に語学堂で勉強してみて分かったことがある。

それは、自分の実力が伸びないのを

語学堂のせいにしている人が意外と多いことだ。

まあ、そういう奴は相手にしなければいい。 ポイッ(-_- )ノ⌒・


それでも、語学堂に通う生徒の国籍は実に多様で
会話をしていて飽きることがない。
4級にもなると韓国語でかなり自由に会話ができるようになる。
級が上がれば上がるほど、クラス会が楽しくなった。

基本的にみんなフレンドリーなので、
日本人や日本人以外の友達を作るのに苦労することはない。

また、大学時代のように、
死ぬ気で勉強しなければならないなんてことはないため、
俺にとって、非常に居心地の良い場所だった。


延世に通えば間違いないよ!

この忠告を、日本でひろしさんから聞いていたが、
素直に信じて良かったと思う。

もしかしたら、別の語学堂に行ったほうが、
楽しかったかもしれないし、つまらなかったかもしれない。

それを考え出すとキリがないが、ひとつだけ言えることは、

俺は延世に1年間通って良かった
ということだ。


日記には書かなかったが、俺も結構バカな事したし、
俺の仲間もそうだった。

もう少しで俺の留学生活も終わるため、
そんな光景が見られなくなるのは残念だが、
見たい時は、またみんなで集まればいい。


なんだかんだ言っても、あと2日で語学堂の授業が終わる。
一生忘れる事のない語学堂での生活。
俺が通っていた足跡なんかほとんど残らないと思うが、
韓国留学という俺の思い出の中に、しっかりと刻まれているはずだ。






あきら君(左)とあきこ(右)
語学堂にて。

こんな光景は当分の間見られそうにない。

本人曰く、「世界の中心で愛をさけぶ」らしい。

バカばっかりだな、、、( ´ー`)




2005年6月14日(火) 語学堂A



今日で語学堂の授業が終了した。
今後、俺がこの語学堂に来ることはあっても、
ここで授業を受けることは二度とない。

去年の6月から1年間通った語学堂。

俺にとって、この語学堂は一体どんな場所だったのか?
すでに懐かしくなりつつある記憶を辿り、書き出してみることにした。


語学堂に通う生徒は国籍も年齢も様々だ。
もちろん同じ国籍、例えば同じ日本人であっても、
その性格は実に多様で、話をしても飽きることはない。

みんな海外に来ているため、俺と同様に、
日本にいた時とは別の顔をしている。と思う。

正確に言うと、日本で会ったことがないため、分からないのだが、
恐らくこの考えは合っていると思う。
みんな海外バージョンなのだ。

とにかく、みんなフレンドリーだ!
そして何よりも、トゲトゲしい雰囲気がない。
授業中も和気藹々。o(^o^)o

今まで試験に追われ、ピリピリしたムードに慣れた俺にとって、
こういう雰囲気で勉強するというのは初めての経験だった。
精神的にゆとりがあると、
こんなにも周りの人間と楽しく過ごせるのかと驚いたほどだ。

もちろん時には試験勉強のため、
図書館でやや焦りながら勉強したこともあった。

しかし、大学時代の試験範囲に比べたら、
1/100にも満たない量であったため留級等の不安は全くなかった。

全てが程よい語学堂での生活。

留学前は語学堂ってどんな所なんだろう?と期待に胸を膨らませていた。
日本でも勉強はしていたが、発音が非常に悪かった。
そのため発音を中心に1から勉強しようと思い、
あえて、クラス分け試験(Placement test)を受けなかった。
この試験を受けないと自動的に1級になる。

6月24日、授業初日。
教室に入ると、そこにはいつか必ず出会うことになる仲間がいた。
試験を受けず、ただ振り分けられた場所での運命的な出会い。
お互いに気が合い、ひとりひとりのキャラが濃い仲間。注:俺は濃くない!

食堂に入っても、メニューさえ読めなかった彼等が
少しずつ成長する姿に驚き、時には焦りも感じたが、
とにかく俺にとって、良い刺激になったことは間違いない。

9月に入り、新しいメンバーが加わり、楽しさが倍増した。
9月から12月は楽しくも、実力が伸び悩んでいた俺にとって
精神的につらい時期であった。

それでも米国留学経験のある新たな仲間から
留学のいろはというものを教わり、なんとか乗り切ることが出来た。

人の財産はやはり信じ合える仲間ということを再認識した。

一方で、語学堂は無試験で入れるため、

卒業しても学士になれるわけではない。

極端なことを言うと、塾・予備校程度のものだ。

また、良い留学生もたくさんいたが、

日本で通用しないから韓国(海外)に来たんじゃね〜の?
こいつ、日本に帰ったら何すんだろう?

こう思ってしまうような奴もたくさんいた。

一歩下がり、こんなシビアな目で見た時もあったが、
いろいろな人を見て、実際に話をしてみることで、
「こうでなければならない」といった固定観念が
自分の中で少しずつ変わっていくのを感じた。

許容の幅みたいなものが広がったのだ。
それでもまだまだ狭いのだが、、、(^_^;

いろいろ書いたが、この留学生活を送る上で、語学堂の存在は大きい。
語学を学ぶ以上に、仲間との出会いを提供してくれた所。
すなわち出会うべくして出会った仲間が集まった場所だという認識が強い。

延世語学堂とは俺にとってそういう場所だ。




卒業式。




おめでとうございます。m(_ _)m




2005年6月15日(水) 1年が経った。



今日で韓国に来て1年が経った。
世間一般ではただの平日であるが、俺にとっては節目の日だ。

この1年で俺自身の成長があったことはすでに書いたが、
俺の韓国語はどうだろうか?

俺は韓国に来る前にいくつかの目標を立てた。
このHPに全て挙げるようなことはしないが、
2、3の目標について考察してみようかと思う。

@楽しく不自由なく日常会話
Aドラマと映画
B新聞とニュース
C非公開
D非公開

こんな感じです。

まずは、@楽しく不自由なく日常会話。

これは、以前に紹介したが、4月の時点で達成できたと思う。
そして、最近になって聞き取りの能力が飛躍的に高まり、
ますます確信を強めているばかりだ。
聞き取りというのは不思議なもので、
時間が経てば経つほどクリアに聞こえるようになる。
もちろん努力をすることが前提なのであるが、、、

@の目標は延世語学堂で4級を終えれば70%以上は達成可能だと思う。
もちろん、「楽しく」「不自由なく」というのは個人によって異なり、
1級だけ勉強してもこの程度で十分だと言う人もいる。
自分が納得することが大事なのだ。
別に他人と比べる必要はない。
自己採点は98点。


次は、Aドラマと映画。

韓国に来たばかりの頃、ドラマを見てショックを受けた。
日本にいた時は、俺が韓国語で話し、
韓国人留学生が日本語で話したため、
韓国語の聞き取りに慣れていなかったのだ。
そのため、簡単な言葉もなかなか聞き取れなかった。

何度か段階を踏むのだが、
自分の聞き取りの能力が伸びるのを感じる時期がある。
少しずつであるが、ドラマや映画の「理解度」が高くなった。
今では、ドラマや映画を見て十分楽しむことができるようになった。
もちろん、「ドラマでの年寄りの言葉」や「時代劇等の言葉」に関しては
未だに、その聞き取りは困難を極める。

自分の中では、達成だと思うが、まあ、75点位ではないだろうか。


次。B新聞とニュース。

ある意味、Aの「ドラマと映画」より楽かもしれない。
新聞に関しては、ある一定以上の漢字語を勉強すると
組み合わせて作れるため、ガンガン実力が伸びていく。
漢字を使える日本人の特権だ。
語学堂では4級から漢字語が増え、
外国人を中心に試験で苦労する人が多いようだ。
もちろん、日本人でも勉強をしなければ出来ないのだが、
他の国に比べたら、随分なアドバンテージを持っている気がする。

2級の頃から新聞を読んでいれば、
4級の頃にはかなりスムーズに読むことが出来るようになる。

もちろん、こういった単語の習得はニュースを見る上でも役に立つ。
天気予報を除けば、ニュースの聞き取りは非常に厳しい。
目をつぶって聞くと、その難しさが分かる。
映像と文字がかなり助けになるのだが、
そこに出てくる文字が読めないと理解するには程遠い状態となる。
新聞で勉強した漢字語が大きな助けとなったのは言うまでもない。

まだまだ知らない単語がたくさん出てくるため、
詳しい内容の理解は難しい時がまだある。

今後も自分を昇華させるために、←カイジっぽい表現
厳しく採点すると、、、、まあ、60点でギリギリ合格としておこう。


最近の俺の韓国語なんですが、帰国間際に限って、

破竹の勢いで上達しています。(^_^;

聞き取りが伸びてきたため、
頭の中に入ってくる韓国語が増えたためかと思っています。
あと、友達が増えたため、単語力も必然的に上がっています。

韓国に来てから、かなり韓国語を勉強したんですが、
一番嬉しい瞬間は、

私もNOC(の韓国語)みたいに日本語が話せたらな〜

韓国人にこう言われた時ではないでしょうか。( ´ー`)


それでも、語学の勉強の道のりは長く険しい。
やってもやっても終わりが見えないため、
時々、ブルーになる時もある。
どのレベルで自分が納得するかが重要ではないだろうか。

今後も勉強を続けていくつもりだが、
とにかく楽しんでやっていければと思う。

最近は余裕が出てきて、精神的に随分楽になった。( ´ー`)





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